気づき・うずき・目覚め

2006.09.24

モノの置き場所が決まっているといことは、なんと清清しいことか

 毎日の食器片付けをしていて、いつも思うことがある。それは「モノの置き場所が決まっているということは、なんと清清しいことか」ということである。我が家の台所は、かなり狭い。妻は引っ越すとき、事前に台所に関わるモノの置き場所を決めた。そしてそのレイアウトをB6カードに書き写してくれた。

 爾来、そのレイアウトに従って、洗ったものを決められた場所に置いていくだけで片付けは終わる。「狭い」ということも片付けの速度に関係する。立ち位置を変えることなく、サクサクと洗いカゴの食器は消えていく。
 そうして、食器洗い、片付けは、私のささやかなストレス解消の遊びになった。

 それにひきかえ、自分の仕事部屋の片付けは、一向にすすまない。「狭い」というのは同条件だ。モノの保管場所は、大体は決まっている。なのに一向に進まない。

 何故なのか?多分、新しいモノがどんどん入ってきて、そのモノの保管場所を確保できないのだと思っている。

 解決方法は、2つ。

● 一つは、新しいモノの侵入を極力排除すること。

● 二つは、新しいモノの保管場所確保の為にすでに占有されている旧いモノを捨て去ることだ。

 なにを当たり前のことと思うが、それがうまくできない。今日もせめて、机の上だけでもきれいにしたいと思って片付けし始めた。50cmの幅に並べられた資料を何センチにすることができるか?「清清しさ」を感じることができるか?

 おっとその前に1時間の散歩の週課があった。

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2006.04.27

町田 康 せんぐり、せんぐり

20060427_町田 康、「樹下に狂え、俺のこころよ」(『耳そぎ饅頭』所収講談社文庫117P)のなかに「……広場の右側には大天守閣、左側には桜並木、日曜日ということもあって、お城にはせんぐり、せんぐり人がやってくる。……」という文章がある。
 この「せんぐり、せんぐり」がなんだかよくわからなかった。手元にあった「明解古語辞典」を繰ってみた。「順序を追ってしだいに繰っていくこと。順繰り」とある。インターネットで「せんぐり」を検索すると「仙波教授の阿波弁講座」というのにヒットした。 詳しい解説があった。「先繰り」と漢字表記してくれていれば悩まずにすんだ。それにしても「樹下に狂え、俺のこころよ」というタイトルはいつもながら大袈裟だ。そして私は、深夜2:30に相変わらず町田 康を読み続けている。耳元ではラジオ深夜便が流れている。町田 康は、面白いぜ。

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2005.10.25

最後の一冊

「最後の一冊 死ぬ前に読みたい本」
 文藝春秋特別版 11月臨時増刊号

最後の晩餐ならぬ最後の一冊。15人の人たちが挙げた書籍の中で読んで見たいと思ったものは、以下の通り。

宮本常一写真・日記集成」(松山巖)
 宮本常一 写真・日記集成 全2巻・別巻1 毎日新聞社 ¥60,000もするんだ。手元においておきたいな。
安藤鶴夫「落語鑑賞」(中条省平)
北壮夫「楡家の人びと」(亀和田武) この本は、途中までしか読んでいない。

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養老孟司の「脳を柔軟にする100冊」

養老孟司の「脳を柔軟にする100冊」
-「一冊の本が人生を変える」文藝春秋特別版 11月臨時増刊号
既読「ギリシャ・ローマ神話」岩波文庫
既読 ジュール・ベルヌ「十五少年漂流記」新潮文庫
未読 福田恆存「日本を思ふ」文春文庫
未読 山本七平「一下級将校の見た帝国陸軍」文春文庫
未読 山本夏彦「笑わぬでもなし」文春文庫
既読 丸山眞男「日本の思想」岩波新書
未読 阿部謹也「『世間』とは何か」講談社現代新書
未読 エマニュエル・トッド「帝国以降」藤原書店
未読 羽入辰郎「マックス・ヴェーバーの犯罪」ミネルヴァ書房
未読 三木成夫「胎児の世界」中公新書
未読 「十八史略」徳間書店
未読 宮本常一「忘れられた日本人」岩波文庫
未読 町田康 「くっすん大黒」文春文庫
未読 トーマス・マン「ブッテンブローク家の人々」岩波書店
既読 フランクル「夜と霧」みすず書房
未読 レイン「自己と他者」みすず書房

100冊の中から読みたい本を選んでみたら、16冊あった。1年はかかるか?
読まずに書架に積んであるものがそのうち8冊もある。

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2004.07.30

談話室 新宿 滝沢

P1020567

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2004.01.18

世界の人口は?

世界の人口は?インターネットで早速調べてみた63億人だそうだ。http://www.ipss.go.jp/Japanese/link/wpf2.html 
06/01/04 6,369,866,054  07/01/04  6,375,882,069 1日の増加は 6,016,015人 1日毎で増加数をカウントするシステムというのはどういう仕組みになっているのだろう。

ちなみに上位6国は、下記の通りです。
1位 中国
2位 インド
3位 アメリカ
4位 インドネシア
5位 ブラジル
6位 ロシア

インドネシアが4位とうのは、知らなかった。まあアジアだけで総人口の半分を占めるというのだからフムフムである。そして、世界中の5人に一人が中国人という計算になるそうである。

世界の人口は?  63億人 http://www.ipss.go.jp/Japanese/link/wpf2.html 

World POPClock Projection
According to the International Programs Center, U.S. Bureau of the Census, the total population of the World, projected to 1/17/04 at 23:40:38 GMT (1/17/04 at 6:40:38 PM EST) is

6,342,791,292
-----------------------------------------------------------------------
Monthly World population figures:

07/01/03 6,302,486,693
08/01/03 6,308,703,241
09/01/03 6,314,919,789
10/01/03 6,320,935,803
11/01/03 6,327,152,352
12/01/03 6,333,168,366
01/01/04 6,339,384,914
02/01/04 6,345,601,463
03/01/04 6,351,416,943
04/01/04 6,357,633,491
05/01/04 6,363,649,506
06/01/04 6,369,866,054
07/01/04 6,375,882,069

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2003.12.30

長歌

12.27土曜日の午後から、温泉・山の会の「励まされる会」がS邸で開催。今年最後の「励まされる会」だった。
近況報告なぞの話のおりに、年下のOさんのの母堂が1週間前に、逝去したと聞かされる。浴室での往生とのこと。享年90歳。彼は母のために長歌を認めているとか…… 長歌という言葉すら、日常の暮らしのなかで聞くことが皆無というなかで、何を思い立ったのか?「歌体としての生命は『万葉集』で終わった」というこの形式になにを籠めるというのか……
今年一番のサプライズになりそうだ。

ちなみにいまの時代、長歌を読む歌人は稀有といわれている。「黒崎善四郎個人誌『霧生』第3号は全ページを書き下ろしの長歌で埋め尽くしている。現代における殆んどただ一人と言ってよい長歌を自在に詠める歌人黒崎がたまたま妻の介護と言う現実に直面しそれを真っ向から歌うべく長歌を表現の手段とした。」とweb検索エンジンにあった。


(……「短歌」に対して、長い形式の歌という意で名づけられたとみられるが、呼称の成立は『万葉集』の段階であろう。儀礼の場とかかわり、いわば儀式歌として形づくられた歌の流れは、たとえば、舒明(じよめい)天皇の国見(くにみ)歌「大和(やまと)には 群山(むらやま)ありと とりよろふ 天(あめ)の香具山(かぐやま)……うまし国そ あきづ島 大和の国は」(『万葉集』巻1、2歌)などを生み出してくる基盤として認められるが、そうした儀式歌の流れを受けながら記載の次元での様式の一つが確立され「長歌」とよばれるようになったものである。万葉長歌の多くが、行幸(ぎようこう)など公的な場でなされた晴の歌であるのも、そのような様式としての歴史的性格による。
 和歌形式としての長歌を確立したといってよいのは柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)であろう。人麻呂の多様で多面的な長歌の制作は、その時代の文化の要求として、中国の詩に拮抗(きつこう)しうる自国の文芸をつくりだそうということに応じてなされたものであったが、和歌形式としての長歌の、短歌とは異なる可能性をそこに開示した。たとえば、高市皇子(たけちのみこ)の殯宮(あらきのみや)にあたっての挽歌(ばんか)「かけまくも ゆゆしきかも 言はまくも あやに恐(かしこ)き 明日香(あすか)の 真神(まかみ)の原に ひさかたの 天(あま)つ御門(みかど)を 恐(かしこ)くも 定(さだ)めたまひて 神(かむ)さぶと 岩隠(いはがく)ります やすみしし 我(わ)が大君(おほきみ)の……」(巻2、199歌)は、149句という万葉長歌でも最長の作であるが、そのなかの壬申(じんしん)の乱の表現など歌による叙事も可能なことを示したのであった。五・七を繰り返して五・七・七で結ぶという定型をたてたのも人麻呂によるところが大きく、長歌のあとに短歌を添えるという反歌の様式を定着させたのも人麻呂に負うとみられる。このような人麻呂の達成とともに長歌は頂点を迎えた。以後、万葉長歌は山上憶良(やまのうえのおくら)、山部赤人(やまべのあかひと)らの独自な境地の作をも生むが、『万葉集』のあとは衰退した。のちの時代にも散発的な試みはあったが、歌体としての生命は『万葉集』で終わった。(神野志隆光) )


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