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2008年12月

2008.12.30

ココログ サイト内全文検索

 20040305_064知り合いが集う掲示板のサイトで「ココログ サイト内全文検索」の記事を読む。http://java.cocolog-nifty.com/blog/2005/10/javascript_c163.html
この種のツールは、考えるより先に指がキーボードを叩く。あっという間にインストール。

 しかし、テンプレートの設定がリッチテンプレトを使用しなければならないとされている。しかたなくそのようにする。そしてサイトを見てみれば、お気に入りの九段寿司政の車海老のバナーは、見事に吹き飛んでいた。スタイルシートのことがよく分からないのでそのままにする。どなたか詳しい方のお教えを請う。

 このサイトは、元々自分用のメモパッドのつもりで作った。こうした検索ツールがあると至極便利だ。ちなみにサイトの右サイドの上の検索窓に「司馬遼太郎」「関川夏央」なんぞと入れて、検索ボタンをクリックしていただきたい。つまらないメモがだーっと出てくるはずである。

 

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2008.12.29

【メモ】 天皇の祭祀 1

 原 武史「昭和天皇」巻頭に「昭和天皇が出席した主たる宮中祭祀」のリストがある。1月1日の四方拝、歳旦祭に始まって12月31日の節折(よおり)まで22の祭祀があるという。
 「主たる」とことわりがあるので、実際の総数は、現在ほんとうはどの位あるのだろうか?原によれば、1年に30回前後の出席があるという。天皇は、皇室祭祀のすべてに出ているわけではないが、かなりの数だ。
 こうした祭祀はほとんどが明治期になってから作られたものだ。幕末までは、京都御所内で行われていた祭祀の多くは、女官が行っていたという。

 1977年に出版された村上重良「天皇の祭祀」(岩波新書)によると、皇室祭祀は、祭祀(大祭、小祭)、祭儀、その他に分類され、定時祭、臨時祭の区別があるという。「天皇の祭祀は、内廷行為、すなわち天皇の私事であり」(前掲書)ながら旧皇室祭祀令等の規定により現在も続けられているという。
 皇室祭祀の数は、村上の分類によれば、

 【祭祀】新嘗祭他     20
 【祭儀】四方拝他      5
 【その他】御日供他    2

 

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2008.12.25

河谷史夫 2

51e5qkrhxsl_sl500_aa240_ 河谷史夫「何度読んでも、いい話」(亜紀書房)が届いた。前回「河谷史夫」の記事に書いた中江丑吉のことが記されている。
 
中江丑吉は、兆民中江篤介の長男である。丑吉(うしきち)の命名の由来は「おれの子だから、どうなるものか分かったものでない。車引きになっても構わないようにと、それで丑吉と名付けた……」のだそうだ。ああ、このへんの兆民さんの思いには、感心する。

 丑吉は、東大法科を出て、爾来北京の地で30年近く支那学研究に分け入り、病あって54歳の命を終わる。最期のノートには「あれこれ万感交錯せるも結局何にもならず。無名より無名に没入する外なし」とあるそうだ。

●蛇足 若いころ新聞記者になりたかった。進路も新聞学科に進んだ。ここに入れば自動的に記者になることができるとは思わなかったが、幾分かその期待があった。実際は、マスメディア関係の就職が少し多い程度だと知るのはかなりたってからであった。

 入学してからは、期待に反して講義等は、ジャーナリズム、マスメディア論という類の社会学みたいなものばかりで、はなから興味は失せた。作文の添削をする新聞作文なんぞという講義くらいしか関心をよせたものはなかった。

 2年で記者への夢は消えた。気がつけば、その代償として、政治の季節の只中にいた。その波のなかでたぶん溺れたのだ。だから「あれこれ万感交錯せるも結局何にもならず。無名より無名に没入する外なし」という言葉が身に沁みるのかも知れない。

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2008.12.22

河谷史夫

 河谷史夫一日一話」(洋泉社新書)、11月19日小林一茶から12月31日漱石の「柊を幸多かれと飾りけり」の発句まで一気呵成と読み終えた。「一日一話」は、1992年9月1日から1994年12月28日まで二年四ヶ月にわたって朝日新聞夕刊に「きょう」といタイトルで連載されたコラムである。彼はその後2003年からこれまた夕刊コラム「素粒子」を五年間担当した。前にも書いたと思うがこの手の書籍は、何回も読め、そのうえ厭きない。日付を手がかりにして何でもありだ。また来年も一年世話になろうか。

 この「一日一話」のタネ元の「きょう」の全部を朝日新聞縮刷版にあたってみようかと思う。図書館のリファッレンス室で時間を持て余すのも一興か。

 「終生北京にあってただ本を読んで暮らした中江丑吉のこと」(「一日一話P6)という記載をみて書棚にある「中江丑吉の人間像―兆民を継ぐもの」を取り出してみた。取り出したその書籍は、埃にまみれていた。村上一郎の著作の参考文献にあったものを読みたくなって購ったのだが、読みきれずに埃を被せたままだった。読んでみようかと心動いた。そんな動きを「一日一話」は喚起させてくれる。

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2008.12.19

回顧2008 文芸

アンボス・ムンドス―ふたつの世界 (文春文庫)

著:桐野 夏生
出版社:文藝春秋
発売日:2008/11/07
定価価格:¥570
価格:¥570
中古価格:¥184
ISBN/ASINコード : 4167602121

●20081211 朝日新聞朝刊 文化欄 回顧2008 文芸 評者が選ぶ私の三点の中で読んだのは、桐野夏生「東京島」のみだ。「東京島」は、よくなかった。設定だおれの感がした。この作家のものでは、最近読んだ「アンボス・ムンドス」の方が面白かった。

リストにあげられた作者名を知っているものが、六名。読んだことがある作者は、町田 康と桐野夏生、二名にすぎない。息子は、最近の若い作家、例えば伊坂 幸太郎なぞを読めという。

 文芸誌は、たまに買うことがあるが、掲載されている書き物を最後まで読むことはめったにない。近くの書店の店頭には、「小説××」というものはあるが、文芸誌はあっても一冊程度。発行されたら即購入しない限り、手にすることはできない。図書館では、立ち読みの感じでしっくりこない。
 論壇総合誌というものが、今年はかなり廃刊になったが「文芸誌」も遅かれ早かれ消えていくか。いや、最低限のものしか残っていないので、当分は消えないだろう。消えたら業界そのものがなくなる。

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20081211 朝日新聞朝刊 文化欄 回顧2008 文芸

私の三点 評者

●北上次郎  志水辰夫「みのたけの春」中田永一「百瀬、こっちを向いて」 打海文三「覇者と覇者」

●小池昌代  清水眞砂子「青春の終わった日」水村美苗「日本語が亡びるとき」 佐野洋子 「シズコさん」

●斎藤美奈子 古川日出男「聖家族」桐野夏生「東京島」町田 康「宿屋めぐり」

●津島佑子 リビー英雄「延安」「仮の水」町田 康「宿屋めぐり」 小池昌代「ことば汁」

●沼野充義 黒川創「かもめの日」水村美苗「日本語が亡びるとき」 今福龍太「群島ー世界論」

●松浦寿輝 町田 康「宿屋めぐり」安藤礼二「光の曼荼羅」 高貝弘也「子葉声韻」 

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2008.12.18

「穂高よさらば」再録

P1030740検索上位にこの「ドロミテの登山靴」がきている。この記事で圧巻なのが、「穂高よさらば」のlinkである。しばらくlinkが切れていた。このたび復活したので再linkした。友人曰く、「のけ反った」と。

 ついでに「穂高よさらば」の歌詞と元唄の「雷撃隊出動の歌」の歌詞も合わせてアップしておく。

 「穂高よさらば」

1) 穂高よさらば 又来る日まで
 奥穂に映ゆる あかね雲
 返り見すれば 遠ざかる
 まぶたに残る ジャンダルム

(2) 滝谷さらば 又来る日まで
 北穂へ続く 雪の道
 返り見すれば 遠ざかる
 まぶたに残る 槍ヶ岳

(3) 涸沢さらば 又来る日まで
 横尾へ続く 雪の道
 返り見すれば 遠ざかる
 まぶたに残る 屏風岩

(4) 岳沢さらば 又来る日まで
 前穂を後に 河童橋
 返り見すれば 遠ざかる
 まぶたに残る 畳岩

「雷撃隊出動の歌」

作詞 米山忠雄・作曲 古関裕而 

MIDI programed by K.Kebuta

一番
母艦よさらば 撃滅の 翼に映える 茜雲
かえりみすれば 遠ざかる 蓋(まぶた)に残る 菊の花

二番
炸弾の雨 突抜けて 雷撃針路 ひた進む 
まなじりたかし 必殺の 翼にかかる 潮しぶき

三番
天皇陛下 万歳と 最後の息に 振る翼
おおその翼 紅の 火玉と燃えて 体当たり

四番
雲染む屍 つぎつぎて 撃ちてし止まん 幾潮路 
決死の翼 征くところ 雄叫び高し 雷撃隊

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2008.12.14

珈琲豆の二度挽き

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 珈琲豆を挽く時は二度挽きがよいと聞いた。まず荒挽きをして渋皮を吹く。その後ドリップ用の中挽きをして微粉をセパレターにてとる。これで雑味がとれかなりすっきりとした味になるという。写真左は荒挽き。渋皮が見える。写真右は中挽き。写真のとり方が下手なので比較してもよくわからない。

 さて、結果は如何に。結果は、すっきりとした味になった。雑味というのがよくわからないけれど、飲み比べをすれば一目瞭然である。お茶受けは、リッツのピーナツバターのせ。

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濃厚なピーナツバター

Rimg0764通院している病院のすぐ近くに小さなパン屋がある。先週、詰め合わせの買得パックを求めた。そのなかでピーナツバター入りのパンがことのほかおいしかった。今週もそのパンを求めにいった。

 支払の際に、店員にパンに挟んであるピーナツバターはあるかと尋ねた。店頭販売品はないが、生産材料を分けてもいいというので、値段を確かめてお願いした。¥1100だった。メーカーはソントンさんだった。

 味は濃厚で、甘さも結構なものだ。そしてピーナツの粒入りだ。パンにペーストしてもいいが、リッツのクラッカーにも合う。

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闘病記 腱板断裂2

  前回の治療から、一週間が過ぎた。前回処置された、痛み止めの注射は気のせいか、願望かわからぬが、二日くらいは効いてくれた。月曜から土曜まで、五日間、間断なく、あるいは間歇的に痛みは来た。夜毎、痛みで目覚める。

 腱板断裂についてネットで調べてみると、手術するより他ないとの覚悟にいたる。しかし手術は、入院に一月以上もかかる。入院費の手当てもしなければならぬ。準備ができるまで今の保存的なにやらで痛みと引き換えに様子見すると決めた。

 今回の処置も前回同様、痛み止めの注射(ステロイド入り)。医師は、其の他マイクロ波の照射を薦めてくれた。10分ほど照射する。まあこの照射は、気休めの類か。この照射料、¥100也。今週は痛みが頻繁であれば、木曜日に他の医師がくるので、注射を打ってもらおうかと思う。

 なにせ右手を使うことがだんだん不自由となってきた。米を研ぐ時が辛い。トイレでは右手が使えず、左手を使って用を足すことになる。このごろは左手でもうまく拭けるようになってきた。

 右手のリハビリをもっとやらねばならぬ。使わない筋肉というものの落ち方は実に凄まじいものだ。十日ほどの安静、寝たきり状態で筋肉は20%も落ちるとか。もうすでに私の右上腕の筋肉は、すかすかになっている。老人の裸の後姿は、寥しい。特にお尻の落ち方はなんとも形容しがたい。妻に自分の裸の後姿を見てもらった。幸い未だそうした事態には至っていないとのことだった。

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2008.12.06

闘病記の始まりかー腱板断裂

08120611 2008.7月より痛み出した右肩の痛みは、ひどく、一向によくならない。痛みは四六時中続くので、先月耐えかねて病院の門を叩いた。その日は、担当内科医によれば、多分五十肩だろうとの見立てで、内服薬、湿布薬を貰って帰った。薬を服用しても症状の改善はなく、本日(1206)再度、同じ病院の整形外科を訪ねた。
 
 検診台で裸になった私の背中を見て、医師は、「ああ、かなり落ちてますね。これは腱板断裂です。詳しくはMRI等の検査をして確認をしなければなりませんが、腱板断裂です。」と見立てた。肩甲骨まわりの筋肉の落ち込みがかなりひどいのだそうだ。その後、右腕をあちこちに旋回させて、その症状の確認を行った。処置は、痛み止めの注射と、リハビリ運動の説明で終わる。それにしても「腱板断裂」とは、すさまじい病名だ。
 
 今後は保存的治療として、週一回痛み止めの注射を打って様子を見ることとなる。なるほど注射の効果は覿面だ。鎮痛剤の内服薬と湿布薬は効果がないので貰うのを断った。そんな訳で治療費は¥510で済んだ。保存的治療で回復しなければ手術を行うことになろう。その日は近いと思う。

 今夜は安らかに眠ることができるだろうか?痛みが激しくなるとつくづく、倉本 聡「風の中のガーデン」中井貴一扮する「大天使ガブリエル」のように麻薬パッチなるものが欲しくなる。
( 画像は、八王子整形外科サイトより転載)

●腱板断裂の詳細は、京都の武田病院のサイトに詳しい。

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