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2007.06.16

「描き方が装飾過剰で、文語調と項語調がまじっていて、美文で、読むのがめんどくさくてしょうがない」

 ちょいと面倒臭いものに手を染めてしまったようである。「虞美人草」である。5頁から431頁(「漱石全集第三巻 愛蔵版)もある大分な長さだ。まあ1段組だから何とかなるか。無論、山田風太郎のようなわけにはいかない。

 吉本隆明の「夏目漱石を読む」の青春物語の項の『虞美人草』には、のっけから「皆さんも『虞美人草』という作品はあまり読んでいないかもしれません。その理由はとてもはっきりしています。描き方が装飾過剰で、文語調と口語調がまじっていて、美文で、読むのがめんどくさくてしょうがない。……」(P94)とある。 まあそのとおりなので、読書の調子がつくまでは、しかたないと諦めるより他ない。

 最初の美文調の例は、こんな感じだ。

「紅を彌生に包む晝酣なるに、春を抽きんずる紫の濃き一點を、天地の眠れるなかに、鮮やかに滴らしたるが如き女である。夢の世を夢よりも艶に眺めしむる黑髪を、亂るゝなと疊める鬢の上には、玉虫貝を冴々と菫に刻んで、細き金脚にはつしと打ち込んでゐる。……」(岩波書店「漱石全集 第三巻 『虞美人草』23頁)

   ちょっと書き写しただけでへとへとになる。どうなることやらか。

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コメント

木田さん、コメントありがとうございました。しかし「ただのメールですからどこにも載っけないでね。」というご要望はかないがたしです。コメントをつけた時点ですでに載かっております。まあ、あとから削除をすればよいのですが……

腱板断裂の件に連なる私の日常は、「このまま終わり」ってこともありえますので、いやむしろ「このまま終わり」になっちまうかもしれません。まあ、不徳の致す所と受け入れるよりいたしかたありません。

どこを切り取っても「思想形成の結論的な趣き」はないですねぇ。どういたいのか、どうなりたいのかということを思いつめていないのです。いまだ「第五凶」不明門です。

お怪我、お大事に。

投稿: mochan | 2009.03.10 11:07

君は随分の本を読むんだなあ。
何でも対応できねえような、自分の範疇に入らねえもんはねえんだろうね。恐れ入ることです。
松岡正剛みてえですが、一つ大きな違いがある。
ひたすら読みに読んで、集中というのか、思想形成の結論的な趣き、欲ってのが全然ねえんですね。
ボクラも壮い時、そうやっていたら、今頃になって諦めたり、況してや、慌てることたあなかったかも知れませんぜ。
腱板断裂なんて何のことか、痛みが激しいだろうってなことしか解りませんでしたが、君の記録にある図解見てよく解りました。
どうしてそんな目に遇っちまったんだろう。考えても詮ないことだし、苦痛とずっとお付き合いってのも嫌だし、このまま終わりってなことだけは、考えたくねえもんです。

ボクも先週、小路を横断中、右折するランドクルーザー(ここは車は右側通行)に後ろから2mほど跳ね飛ばされ、受け身で頭はカバーしたものの路石にしたたか右腰を折って立てなかったので横になっていたら、運転手が出てきて病院行こうと言う。
その人は人が良さそうな老人なので、しばらく痛みが落ち着くのを待ってそのままおさらばしたが、未だに立ち続けると痛い。空手に一年殺し、二年殺しって言う突きがあるが、若しかして、なんて、保険もねえし・・・いや、済んじまったことでえ。こんなこたあ、どうにかなるうぇえ。

これ、ただのメールですからどこにも載っけないでね。


投稿: 木田芳明 | 2009.03.09 11:15

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