「晩秋の野反湖と花敷温泉」メモ
今月の末に、私ども夫婦が所属している「温泉・山の会」の定例会がある。今回の目的地は、群馬県の野反湖周辺と決まった。12月に忘年会を兼ねて富山の氷見に行こうかという案もあったが、交通費がかかるので取りやめになった。
幹事役のO氏から案内が届いたので、少しは行く先のことについて調べようという気になった。行く先について知っておくと、旅は格段に楽しくなるはずだ。アップは、すべて私の思いつきなので整然とはしていない脈絡のない記事が並ぶことになると思う。
さて、野反湖について
野反湖(のぞりこ)は、群馬県吾妻郡六合村にある標高約1550mにあるダム湖。群馬県では尾瀬と共に珍しく、湖水は信濃川を経て日本海へ流れる(尾瀬の水は只見川に流れ、阿賀川と合流する)。
上信越高原国立公園特別地域に指定されており、ダム湖百選にも選ばれている。もともと尾瀬のような湿地帯であったところに、東京電力の発電用ダムである野反ダムが建設され、現在の様なダム湖になった。
国道405号が湖の東部を通って、長野県との県境近くの野反ダムまで車で入れる(但し、冬季は通行止め)。また、夏場にはJR吾妻線の長野原草津口駅から、JRバス関東による路線バスが運行されている(ただし本数は少ない)。
野反湖はダム湖らしからぬ風景を持つ高原の美しい湖であり(野反峠からの眺望はまるで天然の湖の様である)、湖畔はノゾリキスゲなどの高山植物の宝庫である。このため初夏から秋にかけてハイキング(近年、湖の周囲に遊歩道が整備されている)やキャンプを楽しむ観光客や、ニジマスやイワナなどの魚釣り(入漁券が必要)などを楽しむ客で賑わう。
(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
野反ダムについては、『ウィキペディア(Wikipedia)野反ダム』を参照。
東京電力が1953年(昭和28年)より建設に着手し、1956年(昭和31年)に完成した。型式はロックフィルダムである
群馬県のダムはその99%が利根川水系で占められているそうだ。野反ダムは群馬県唯一の非利根川水系のダムであり、関東地方で唯一日本海に注ぐ河川に造られたダムとのこと。ダムに付設する切明発電所の認可出力は20,000kW。
群馬県六合村、これを「くにむら」と読む。地名はいつも難しい。知らないと読めるはずがない。六合村の歴史については
六合村には古くから人が住んでいたことが、広池遺跡(縄文時代)、熊倉遺跡(平安時代)および各地の出土品から推定されます。 鎌倉時代初期には、西吾妻に狩り訪れた源頼朝が、花敷温泉を発見したと伝えられています。また、この狩りの案内をした細野御殿介が、草津温泉を発見した功績で「湯本」の姓を賜ったと伝えられています。
湯本氏は戦国時代から江戸時代初期にかけて、現在の六合村と草津町周辺を支配する有力者になっていきます。 戦国時代末期になると、現在の六合村を含む西吾妻周辺は武田氏配下の真田幸隆の支配下に入ります。その後幸隆の子昌幸の統治を経て、豊臣秀吉の小田原征伐後、沼田藩を与えられた昌幸の長男信幸(信之)の統治に入ります。
江戸時代になると、沼田藩5代藩主信利が改易され、幕府の直轄地になります。その後一部地域は分割により旗本領になり、明治にいたります。幕末には開国を唱えた蘭学者高野長英が、一時赤岩に隠れ住んだと伝えられています。また、信州松代藩の佐久間象山が、資源の調査のために入山を訪れています。
明治になると、廃藩置県により岩鼻県、群馬県、熊谷県を経て、明治9年以降は群馬県となります。 明治22年には自治制施行に伴い、草津村と称し役場を小雨に置きましたが、明治33年(1900年)7月1日草津村を廃し、入山、生須、小雨、太子、日影、赤岩の6大字をもって「六合村」と称します。平成12年(2000年)には100歳を迎えました。
(六合村ホームページより)
「入山、生須、小雨、太子、日影、赤岩の6大字をもって『六合村』」」、ガッテン。だが六合村を「くに」と読ませるのは不明。漢和辞典によると「六合」とは「東・西・南・北・上・下の六つの方角。天下。世界。六方」天下、世界だから「くに」か?調べたら由来があった。想像どおりだった。
六合を「くに」と読む由来
明治22年3月、町村制施行に伴い、「小雨」「生須」「入山」「太子」「日影」「赤岩」「草津」「前口」を合わせて、草津村が誕生しました。
明治33年7月には草津村を分村し、「草津」「前口」からなる草津町と、「小雨」「生須」「入山」「太子」「日影」「赤岩」の6つの大字からなる六合村が誕生しました。6つの大字が合わさって1つの村になったので「六合」と名付けられました
古事記・日本書紀の記述(神武天皇即位のくだりのすぐ前)に、「兼六合以開都」と記してあり、「くにのうちをかねて、以て都を開く」と読んでいます。「六合」は、東西南北及び天地を意味していて支配の範囲を示し、国(くに)を意味します。 六合を「くに」と読むのは、このところからであるといわれています。 (六合村ホームページより)
本日はこれまで。続く。
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