モノの置き場所が決まっているといことは、なんと清清しいことか
毎日の食器片付けをしていて、いつも思うことがある。それは「モノの置き場所が決まっているということは、なんと清清しいことか」ということである。我が家の台所は、かなり狭い。妻は引っ越すとき、事前に台所に関わるモノの置き場所を決めた。そしてそのレイアウトをB6カードに書き写してくれた。
爾来、そのレイアウトに従って、洗ったものを決められた場所に置いていくだけで片付けは終わる。「狭い」ということも片付けの速度に関係する。立ち位置を変えることなく、サクサクと洗いカゴの食器は消えていく。
そうして、食器洗い、片付けは、私のささやかなストレス解消の遊びになった。
それにひきかえ、自分の仕事部屋の片付けは、一向にすすまない。「狭い」というのは同条件だ。モノの保管場所は、大体は決まっている。なのに一向に進まない。
何故なのか?多分、新しいモノがどんどん入ってきて、そのモノの保管場所を確保できないのだと思っている。
解決方法は、2つ。
● 一つは、新しいモノの侵入を極力排除すること。
● 二つは、新しいモノの保管場所確保の為にすでに占有されている旧いモノを捨て去ることだ。
なにを当たり前のことと思うが、それがうまくできない。今日もせめて、机の上だけでもきれいにしたいと思って片付けし始めた。50cmの幅に並べられた資料を何センチにすることができるか?「清清しさ」を感じることができるか?
おっとその前に1時間の散歩の週課があった。
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